iPadとペン入力

2018年3月27日。
Appleは、「新しいiPad」を発表しました。

目玉は何と言っても、「Apple Pencil対応」。
今まで、iPad Proにしか許されなかった機能を廉価モデルのiPadにまで拡大したのです。

2007年にiPhoneが発表になった折、Steve Jobsが否定した入力デバイスこそ、「スタイラスペン」だった、ということを思えば、隔世の感があります。
さて、この稿はApple Penが是か非か、ということを論ずるものではありません。
ペンデバイスが、未来のインプットデバイスとしてどのような立ち位置でありうるか、ということを議論したいと思います。

創生期からそのデバイスは存在した

ペン型入力デバイスは、それこそ数千年前から存在した「ペン」という存在の大きさから、かなり早い時期から存在していたと考えられます。
従来からある「形」を、新しいものに置き換えるというのは自然な流れであるからです。
Wikipediaをたぐると、デジタルペンデバイスは1888年にまで遡るようですが、流石にその時代のものは、今で言う「コンピュータ」とはちょっと異なるようにも思うので、取り上げるのは止めましょう。

1960年代には、しっかりと製品化されたペンタブレットが存在しているようです。

(RAND Tablet:外部リンク

日本でも、コンピュータというよりは「和文タイプ」ですが、やはりペンデバイスを用いたものがありました。(外部リンク
私、これ、知ってます。
触ったこともあります。なんでこんな歴史的なものを触ったことがあるのか、自分でもよくわからないのですが・・・・

ペンデバイスのメリット

ペン型デバイスのアドバンテージは、なんといっても、「今までの生活で獲得した技術=ペンで細かい作業をする=をそのまま活かせる」ということにあります。
ペンを使えば、極めて精巧な動きが可能です。0.5mmを下回る誤差で線を引いたり、驚くほど小さな絵を描いたり、細やかな濃淡をつけたりすることもできます。
こんな細やかな作業を可能にするツールはなかなかありません。
ペンをコンピュータの入力デバイスにしたい、というのは自然な発想でした。

ところで、「ペンを使う」というのは、人間として必ずしも自然な動作、というわけではありません。
ペンの握り方は、小さな頃からのトレーニングの結果、獲得する技術です。
このことは、子供のペンの持ち方トレーニングで、様々な持ち方を解説した以下の図をみてもわかります。

Photo credit: Missmancy.com

ペンは、小さな頃から様々な持ち方を経由しつつ、「もっとも使いやすい持ち方」をトレーニングしたきた結果、非常に細やかな描写を可能とするツールとなることがわかります。決して、人間として生まれたら、自然に身につく・・・というわけではないのですね。

とは言え、一度習熟した技術があるのであれば、それを転用できれば非常に便利です。
さらに、その技術が特定の人だけでなく、広くあまねく行き渡っているものであれば、なお好都合です。ユーザーに対して新たな教育をする手間が省けるし、普及も容易となるからです。

筆記具としてのペンとの大きな相違

しっぽがあること

ペンデバイスには、いくつか、解決したくなる課題がありました。
第一に、「しっぽ」です。

ペンデバイスは、その構造上、ペン先の位置をコンピュータに正しく伝えないといけません。コンピュータは、ペン先の位置を、通電によってか、磁気によってか、感圧によってか、いずれにしても何らかの電気的な仕掛けで取得しますが、ペン先になんらかの電力が求められる方式を採用すれば、結果として、ペンにはケーブルがぶら下がることになります。
本来軽いはずのペン軸が、後ろから引っ張られるような抵抗を受ける結果となりますから、どことなく愉快でない使用感につながりました。

ペンの動作は、よく観察すると、単に腕の動きや指の動きで描いているわけではないことがわかります。
腕、手首、そしてペンを支える指、更には、ペンが乗る親指と人差指の付け根までが、一体となることで、正確で滑らかな描写を可能にしているわけです。
しっぽの存在は、こうした精妙な動きを妨げていると言えます。

ペン先を覗き込むように

さらに、あまり精度の高くないセンサーの能力不足を補うため、あるいは、耐久性を増すため、ペン先はやや太めとなる傾向にありました。
このことは、ペン先の軌跡が見えづらくなる、という課題を生み、製図などの精妙な作業をするには、いささか大雑把過ぎる場合もあったかもしれません。
製図の場面などでは、「Cursor」と呼ばれる、先端に透明な丸い窓があって、十字の線で円の中心が示された入力デバイスが用いられることもあります。

Cursorは、レンズ窓を通して、クリック位置をかなり正確に指定することができるという点で、CADなどの製図の場面では重宝されたでしょう。
Cursorは今でも現役のようで、Wacom社のタブレットのオプションにも存在するようです
反面、フリーハンドの線を引くには適していませんから、直線や幾何学的な図形の描写のために用いられたと考えるのが適切です。

出力結果の確認

しかし、これらの課題よりも大きな問題は、タブレット上のペンデバイスの先からは、何らアウトプットも見ることができなかったということでしょう。
鉛筆や、ボールペンならば、当然、描いたあとに軌跡が残ります。
ですが、タブレットをなぞった結果は、タブレットの上にではなく、顔を上げたところにある画面に表示されます。
精緻な入力をするには手元を見たい。しかし、結果を見るには、顔を上げる必要がある。

この使用感は、鉛筆やボールペンとは異なる体験です。
ディスプレイ一体型のタブレットや、iPadなどのタブレットコンピュータでは、こうした問題が回避されています。

タイムラグの発生・軌跡ずれ・データ飛び

スタイラスペンは、ペンそのものがインクを出すわけではなく、ペン先の動作を液晶画面が読み取って描画するという仕組みです。
そのため、「読み取る」→「描画する」という動作の間にどうしてもタイムラグが出ます。

加えて、ペン先がある位置に正確に描画するということは、相当に高い技術が求められます。読み取りをするセンサー、それを処理するコンピュータ、描画するディスプレイ。これらが正確にシンクロしていないといけません。
紙の上にペンで書くなら、当たり前にできることが、コンピュータにとっては難易度が高い。
これが操作にあたって、フラストレーションにつながる可能性があります。

入力に対するフィードバック

もうひとつ、従来のペンが優れているのは、人間の入力=つまり、紙に押し付けるという動作=に対して、かなり直感的なフィードバックを返すことです。
万年筆などのペン軸は、強く押し込めば、しなる感触を返します。鉛筆でも、万年筆ほどではないですが、しなりの感触がわかります。
ボールペンなどのように、しなることの少ないツールでも、紙の弾力がかえってきますね。

ところが、多くのコンピュータデバイスは、どうしてもそのフィードバックに限界があります。
特に、iPadのようなタブレット端末では、表面がガラス素材になりますし、ペン側にも摩耗する芯や、しなるペン先があるわけではありませんので、どうしても、「コツコツ・カツカツ」と、硬質な書き味になります。
これが割と一本調子なフィードバックで不安になる場合があるかもしれません。

Apple Pencilでは、これらの問題がかなり解決されているようですが、それでも、「紙の書き味」を再現することは難しいでしょう。

まとめ

私たちは、小さな頃からペンでものを書く(描く)というトレーニングを積んでいます。
ペンは、腕、手首、各指の細やかな動作の組み合わせで、実に精妙な出力を実現しています。
こうした事情を背景に、ペンでコンピュータに入力する場合にも、ペンというデバイスは理想的に見えます。
これは重要なアプローチです。既に習得しているスキルを応用したインターフェースなら、習得のための新たなトレーニングを必要としません。
さらに、それが、多くの人にとって習得済みのものならば、普及も容易です。

しかし、ペンがあまりに軽快なツールであるがゆえに、スタイラスペンの性能や、感触、出力結果への期待度が高くなりますし、また、期待に足りない部分は苛立ちや諦めをうみだすでしょう。
今後、技術の高まりで、スタイラスペンなどが、現実のペンに近づくことが容易となるでしょうが、「入力装置としてのペンのあるべき姿は、果たして、既存のペンと近似なのか」という問題は考えていかなければならないでしょう。

投稿者: holo_admin